2010年03月28日

子どもを混乱させる「いかのおすし」

ここのところブログの更新が止まっていた理由のひとつに、ツイッターを始めてしまったということがあります。よくわからない世界でウロウロしていて時間がなくなってしまったわけです。

そのツイッターの世界でも、ときに「いかのおすし」がつぶやかれることがあります。大半は、ブログの世界と同じような肯定的なものです。「子どもを狙った犯罪が増加している」という過った認識のもとに「こうやって身を守らなければいけない」と思い込んだ記述です。けれど、たまには、こういうものもあります。

spoonist 近年子供達の教育に疑問あり。 「いかのおすし」を変に捉えてるのか同じマンションでも大人に挨拶しない子が多い。 大人からは子供達に挨拶してるのに。 これでは守って(気をつけて)あげようにも守れないかも。 米国では、他人の子供を守ることで他人からは自分の子供を守ってもらえるというが。 4 days ago


この「つぶやき」を読んで感じたのは、「子どもも大変だなあ」ということです。子どもは、「元気にあいさつしましょう」と指導されます。実際、挨拶はコミュニケーションのスタートであり、それが伝統的な方法であるとか作法がどうのこうのということに関わらず、人と人の接点をつくりだす基本的技術として重要なものです。そして、その一方で子どもは「いかのおすし」を指導されます。これは、「大人を見たらまず疑いましょう」と教えるものです。疑いの心からは、コミュニケーションは生まれません。

つまり、子どもはまったく矛盾する指導を常に大人から受けているのです。そんな矛盾を抱え込まざるを得ない子どもの日常は実に大変です。

それが人生というものと断じることもできるかもしれません。確かに、多くの矛盾を折り合わせて生きていくことは、将来は必要になるでしょう。けれど、この矛盾の一方が仮想された根拠のないものであるならどうでしょう。実際には「いかのおすし」なんて意味はないのに、それを教えられているのだとしたらどうでしょう。

以前にも何度も繰り返してきたように「いかのおすし」の根拠には具体的な裏付けがなにもありません。「いかのおすし」は、確かに警察の犯罪捜査の経験からは誤りのない事実であるかもしれませんが、それを子どもらの日常に導入すべき理由は何一つないのです。そして、むしろ有害であり、子どもを混乱させます。

間もなく新学期です。新学期には、多くの学校で、「いかのおすし」が教えられることになるでしょう。このような状況を変えたいと、私は願って止みません。
posted by 松本 at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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