2010年02月18日

やっぱりおかしい「いかのおすし」

この数ヶ月、「いかのおすし」問題について考えることはあまりありませんでした。寒くなってあまり出歩かなくなったことが関係しているのかもしれません。「いかのおすし」的世界に触れることがなければ、これが問題だという気持ちにもなりません。

もともと私が問題意識をもったのは、昨年9月の新学期、小学校1年生の息子が学校で「いかのおすし」を教えられたことがきっかけでした。これにどうにも納得できなかった私は「いかのおすし」について調べ始めたわけです。そして、身の回りに無数にある「いかのおすし」的発想に気づき、批判を繰り広げました。

しかし、直接「いかのおすし」が身に降りかかってきたのはこのときぐらいです。以後、自分から「いかのおすし」について調べたり、そんな話題を持ち出すようなことはあっても、「いかのおすし」の方からやってくることは特にありませんでした。

そういうこともあって、「まあこの問題はもういいか」という気持ちにもなっていました。さらに3学期の初めに息子の学校であった「安全教室」の内容がそれほどひどいものでもなかったので、「常識的にいってそこまでひどいことはしないんだなあ」と納得したりもしていました。

けれど、先日久しぶりに「いかのおすし」で検索をかけて、状況は相変わらずなのに気づきました。当たり前といえば当たり前です。何が変わったわけでもないのです。単純に、私のモチベーションが下がっていただけで、「いかのおすし」を巡る悲惨な状況は変わりません。

私が悲しいと思うのは、どうして「子どもの安全」という大義名分の前で、誰もが思考停止をしてしまうのかということです。何度でも繰り返しますが、「子どもの安全」は何よりも大切です。しかし、「いかのおすし」は、警察的観点からの安全に対する回答ではあり得ても、一般解ではあり得ません。人間に対する信頼なくして、どうして人間が安全でいられるでしょう。そんな単純なことも、「子どもが危険だから」というお題目の前で考えられなくなっている状況が悲しいのです。

やはり、「いかのおすし」批判は続けなければいけないと思います。ただ、非論理的な行動を理解するには、深層まで掘り下げた批判が必要になります。前途多難にため息をつくこの頃です。

posted by 松本 at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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