2009年11月05日

ちょっと呆れました

先日来、時間を盗んでは「いかのおすし」の英語圏での表現である「stranger-danger」に関連する論文を読んでいます。まだ数多くは読めていないのですが、近年の論文で「stranger-danger」指導を全面的に肯定するものはほとんどありません。実際、正面からstranger-dangerに触れたものはわずかしかありませんが、そのほとんどは、こういった安全教育が実際には役に立たないこと、誤った事実にもとづいていることを述べています(典型的には先日ご紹介したSarah Kulkofsky博士の論文です)。もちろん、その上で「もっと効果的な防犯教育が必要」とするのか、「こういった教育は不要」とするのか、立場は分かれます。けれど、事実の認識としては、それほど大きな違いはないようです。「科学」というものが事実を尊ぶのだということから考えれば、これは当然といえるでしょう。

ところが、今日、たまたま「stranger-danger」を全面肯定するような英語論文を見かけました。ずいぶんと珍しいなと思ってよくよく読んでみたら、なんと、著者は日本人で、日本の地域防犯体制に関して書いたものでした。

凄まじいことに、この論文では近年の子どもの犯罪に対する危険性の増大の根拠として、統計をあげるのではなく、新聞記事をあげています。社会学の資料として、ときに新聞記事は重要なものになるでしょう。しかし、新聞記事はしょせん新聞記事です。まさか、そのままで根拠になると思う学者がいるとは驚きでした。

全く無批判に、アンケート調査の回答を分析しただけのこの論文は、まるで前世紀の遺物を見るようです。こういった事実にもとづかず、先行文献の十分な調査もない論文が、日本国内で流通するだけならともかく、全世界の人が目にする英語で書かれてインターネットの検索で簡単に出てくるというのは、ほとんど日本の恥だと思います。

この論文を詳細に取り上げて批判すべきか、それともこんなものは無視してしまうのがいいのか、私には未だに判断がつきません。

「日本にはまともな"いかのおすし"研究がないのか」と思っていた矢先の発見だけに、なんとも複雑な思いです。学問は、いったい何のためにあるんでしょうね。

ちょっとした愚痴モードでした。
posted by 松本 at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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