2009年10月29日

防犯プログラムに関する研究論文の紹介

英語圏では、「いかのおすし」のような防犯プログラムを俗にstranger-dangerと称します。日本で「いかのおすし」に関する研究がほとんど見られないのに対し、外国ではこのような防犯プログラムに関して、いくらかの研究が進んでいます。今回は、そういった研究の中から、2003年に発表された「Stranger Danger: An assessment of the effectiveness of child abduction education」という論文を紹介します(原文はこちら)。著者であるSarah Kulkofsky博士(論文執筆時はコーネル大学、現職はテキサス工科大学)の了解を得ていますので、今日は翻訳全文を下記に掲載します。
Stranger Danger: 子どもに対する誘拐対策教育の効果アセスメント
コーネル大学
Sarah Kulkofsky
 子どもが被害者になる誘拐事件は非常に目立つことから、子どもをもつ人々や地域社会に恐怖を巻き起こす。エリザベス・スマートのおぞましい誘拐事件や、5歳のサマンサ・ラニオンの誘拐、殺人、性的暴行のような事件が世間の耳目を集めると、多くの場合、このような悲劇が二度と起きないよう何か対策が必要だという反応が引き起こされる。際立った事件は法制度(たとえばMegan法)や組織(たとえば全国子ども失踪・人身売買センター)、子どもに防衛技術を教えるための教育プログラム(たとえばSafe Street)の創設のきっかけとなる。
 1980年代以降、子どもに対する犯罪への意識が拡大してきたことを背景に、犠牲者とならないようにする方法を子どもたちに教えることを目的にした教育プログラムが増加してきた。アメリカ全土の子どもたちのうち3分の2近くがこのような犯罪防止プログラムに参加していると答えている(Finkelhor & Dziuba-Leatherman, 1995)。こういったプログラムは非常に一般的なものであるが故に、教室におけるその効果をアセスメントして、教育における貴重な時間と予算に価するものであることを確認することが重要となる。
 今日に至るまで、「伝統的な」誘拐防止プログラムの有効性を支持する証拠はほとんどない。これらのプログラムはさまざまな方法で子どもにメッセージを伝えるものであるが、おもに3つのテーマに集約される傾向がある。第一には、知らない人は外見がいい人に見えても危険であるということを子どもに教えるもので、一般に「stranger-danger」という用語で表現される概念である。第二には誘いの言葉を学ぶものであり、第三には誘拐犯から逃げる方法である。この点に着目した研究の数は実際のところごくわずかでしかないのだが、誘拐を避けるために必要となる適切な方法、知識、行動が子どもに見られたことを示す研究は報告されていない(Bromberg & Johnson, 1997)。
 伝統的なプログラムと対照的に、「行動技術訓練」(Behavioral Skills Training - BST)法に関しては比較的多くの研究が実施されてきている。BST法は指導、モデル化、リハーサル、顕彰、フィードバックによる修正に力点をおいた経験則に基づいたアプローチである。BSTプログラムは「stranger-danger」そのものを強調するわけではないが、知らない人からの誘いにどう対応すべきかは子どもに教えている。単独の子どもに対するBST訓練を検証した複数の研究によれば、これらのプログラムは子どもたちに誘拐防止の方法を教える上で効果があることが示唆されている。ただし、これらは多大な労力を要する訓練であり、子どもが身につけた技術が長期にわたって持続することを支持する明確な証拠は得られていない(Bevill & Gast, 1998; Bromberg & Johnson, 1997)。多人数の集団に対してBST法が用いられた場合、その利便性を示す実験結果はごく限られた支持しか与えていない。教室単位で行われたBSTプログラムの効果を検証した研究では、確かにこれらのプログラムの成績は伝統的なプログラム(及びまったくプログラムを施さない場合)よりも優れてはいるが、それでも必ず相当数の子どもが適切な誘拐防止技術を示せずに終わっている。加えて、長期的な技術の持続に関しては、その証拠は存在しない(Bevill & Gast, 1998; Bromberg & Johnson, 1997)。
 伝統的なプログラムが予防技術の指導に有効性をあらわさず、BSTが少なくともそこそこの成果を見せるらしいということから、研究者らは就学前の子どもや幼稚園児にBST訓練プログラムの実施を提唱してきた。たとえば、BrombergとJohnson(1997)は、「行動技術訓練プログラムの実施に必要な時間、費用、労力の投資は、わが国の子どもたちを守る上で重要な成果をもたらすだろう」(p.630)と論じている。しかしながら、下記に論じるように、広く信じられているリスクではなく子どもたちの実際のリスクという文脈においては、BSTプログラムはそのような「重要な成果」をもたらすものでもないのかもしれない。
 誘拐は一般に多くのメディアの注目を集めるものであるが、実際には非常に稀なものである。家族以外の犯人による誘拐というもっとも危険なものがステレオタイプ的な誘拐の形態であるが、これはメディアの誘拐報道でしばしば注目を集めるものである。近年の全国的な推計では、年間115件程度のステレオタイプ的な誘拐が発生しているに過ぎない(Finkelhor, Hamer, & Sedlak, 2002)。よって、ステレオタイプ的な誘拐のリスクは、ざっと60万分の1であり、落雷事故のリスクと同程度に過ぎない。さらにまた、ステレオタイプ的な誘拐のほとんどが青年期の子どもを被害者とするものであり、児童・幼児を被害者としたものではない。通常の学校ベースの防犯プログラムの対象となる5歳以下の子どもは、ステレオタイプ的な誘拐のターゲットとなる可能性がもっとも低いのである(Finkelhor, et al., 2002)。これら児童・幼児期の子どもにとって最大の危険は知らない人による誘拐ではなく、家族内での連れ去りなのである。このような家族による誘拐は、全年齢の子どもを通じて家族以外の犯人による誘拐よりはるかに頻繁に発生している。そして、知らない人を誘拐犯人と想定した防犯プログラムは、家族(たとえば親権のない親)による連れ去りに関してはまったく効果を発揮しない。
 知らない人を犯人とする誘拐の発生率が低いことを前提にすれば、BSTプログラムが「 わが国の子どもたちを守る上で重要な成果をもたらすだろう」という結論は再考すべきだと思われる。教育関係者は、高価で時間を浪費するBSTプログラムが、ステレオタイプ的な知らない人による誘拐の希少性に照らして(さらには長期的効果の証拠がほとんどない事実に即して)、本当に価値のある事業であるのかどうか判断すべきであろう。加えて、教育関係者は現行の伝統的なプログラムの実施に関しても再考すべきである。限られた時間とリソースを考慮すれば、安全教育は子どもが直面するより関連性の高いリスク、たとえば、いじめ、自転車事故、家庭内での虐待などに集中する方がより有益であるのかもしれない。誘拐防止教育のプログラム化は、より大きな誘拐リスクにさらされている思春期以後の子どもを対象に将来開発され得るかもしれないし、これら成長した子どもであれば、児童・幼児期の子どもに比べて認識能力が高いためにそういったプログラム実施からより大きな利益を受けられるのかもしれない。さらに、単に知らない人の誘いに反応するといった範疇を越えてより多様な状況に適用できる防犯技術に関する将来の研究が必要である。そういったプログラムが開発されるまでは、教育関係者や行政関係者は、誘拐事件を現象させるための戦略としての誘拐防止教育プログラムを考え直す必要があるだろう。

参考文献
Bevill, A.R. & Gast, D.L. (1998). Social safety for young children: A review of the literature on safety skills instruction. Topics in Early Childhood Special Education, 18, 222-234.
Bromberg, D.S. & Johnson, B.T. (1997). Behavioral versus traditional approaches to prevention of child abduction. School Psychology Review, 26, 622-633.
Finkelhor, D. & Dziuba-Leatherman, J. (1995). Victimization prevention programs: A national survey of children's exposure and reactions. Child Abuse and Neglect, 19, 129- 139.
Finkelhor, D., Hammer, H., & Sedlak, A.J. (2002). Nonfamily abducted children: National estimates and characteristics. Washington, D.C.: U.S. Department of Justice, Office of Justice Programs, Office of Juvenile Justice and Delinquency Prevention

いろいろと示唆に富む論文です。この論文に関するコメントは、明日にでも別エントリーで書きましょう。
posted by 松本 at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 参考資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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