2009年10月13日

夢の中の「いかのおすし」

小学校1年生の息子は、空想力の豊かな子どもです。いろいろと空想とも現実ともつかない話をしてくれます。もっとも、最近はそのストーリーにかなりマンガの影響が強く見られるようになってきたので、ときどき興ざめします。まあ、それも成長の過程なのでしょう。

さて、今日は、一緒に歩きながら、夢の話をしてくれました。昨日の晩見た夢、一昨日の晩に見た夢と、順に話してくれるのです。「初日の出の上に乗って地球を見下ろしていた」というようなお目出度いというか気宇壮大な話があるかと思えば、「お小遣いで1370円もらった」というようなやたら現実的な話があったりとバラエティに富んでいます。が、3日前に見た夢というのがちょっと気になりました。

「ヒゲづらのおじさんに追いかけられて、なんとか防犯ブザーで防いだ。校長先生にその話をした」というもの。

ちなみに、「ヒゲづらのおじさんというのは?」と聞いてみると、「ヒゲだらけでニタニタ笑ってる人」という形容。「それって父ちゃんと同じやない」と私が笑うと、彼は真剣な顔で「いや、人相が悪いねん」と。「なぜ追いかけられたの?」と聞くと、「ランドセルをひったくられそうになった」との説明。

実際にそういう経験、それに似た経験があったとは考えにくいので、これは例によってマンガの影響なのでしょう。あるいは、学校で「知らない人に気をつけましょう。知らない人に声をかけられたら先生に言いましょう」と繰り返し教えられているせいなのかもしれません。

ちなみに、「夢の話」というのもいい加減なもので、たとえば4日前、5日前の夢をそういうふうに具体的に覚えているわけはなく、口から出まかせの空想話です。そうではあっても、「知らない人に気をつけましょう」という「いかのおすし」的教育の影響がこんなにもはっきりと出ていることに、改めて愕然としました。

「不審者」のイメージは、こんなふうにしてできていくのでしょう。それは日常的な実体験によってできるものではありません。学校で教え込まれるステレオタイプです。「こういう人は怪しい」という根拠のない予断を、学校では日々子どもに教えているわけです。

その一方で、「人を見かけで判断してはいけない」とか「偏見は差別を生む」という教育も、学校では行われるわけです。子どもが混乱するのをどうやって避けろというのでしょうか。

そんなふうに思えば、学校というところは、本音では「人を見かけで判断」する「偏見」と「差別」に満ちたところではないかという気がしてきます。それが現実世界であり、学校は現実世界の入り口なのだとすれば「そんなものさ」と言ってしまうこともできるのかもしれませんが、それはあまりにさびしいことだと、私は思います。
posted by 松本 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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