2009年10月10日

「いかのおすし」は子どもの安全を脅かす?

私が「いかのおすし」を子どもに教えて欲しくないと思うのは、それが子どもの健全な成長にとって有害だと思うからです。本当に有害なのかどうかは発達心理学など関連分野を調べなければならないのでちょっと手間取っていますが、常識的に考えて人を信頼することは子どもにとってかけがえのないほど重要なことです。根拠は必ずあると思っています。

そしてやっかいなのは、たとえこの部分で同調してくれる方がいたとしても、「でも、子どもの安全のためにはやむを得ないよ」と、「いかのおすし」を肯定することです。そこでここしばらくは「いや、決して子どもは危険に晒されてなどいないのだ。犯罪は増えていないし、不審者情報は参考情報に過ぎないのだ」ということを裏付ける資料を探してきました。「凶悪犯罪の増加」や「子どもが狙われている」という思い込みは「神話」あるいは「迷信」に過ぎないことがほぼ立証されていると思います。

しかし、仮に「危険」が事実だとしても「いかのおすし」は安全を高めるどころか危険を増加させるのではないかと思わせる説を発見しましたので、今日はそれを掲載します。実際、過度な不安は「神話」にもとづくものですが、子どもが狙われる犯罪が全くないのかといえば、「不審者による連れ去り」的な事件は事実、広い日本でおそらく年間数件の割合で発生しています。これが大きく報道されるので「ゴキブリが一匹出れば無数のゴキブリが隠れている」的発想から「神話」が生まれるわけですが、事実は報道されている事件がほぼ全てです。しかし、たとえ数百万分の1の確率でも、危険は危険です。その対策は必要なのかもしれません。

そして、その対策として「いかのおすし」を実施した場合、効果があるのでしょうか。次のブログのこんな記事を見る限り、答えはノーです。

不必要に疑わない習慣をつける
社会心理学の世界で、興味深い実験がある。
相手が嘘をついているかどうか見分ける課題で、
日常的に疑い深い人(=「人を見たら泥棒と思え」という人)のほうが、
人を信じやすい人(=「渡る世間に鬼はなし」という人)よりも、
なんと成績が悪かったのである。


この短い引用だけでは「興味深い実験」のことがよくわからないので、あるいは的を外しているのかもしれませんが、「疑う人ほど騙されやすい」という結論が出ているようなのです。「いかのおすし」にあてはめれば、「不審者」を警戒している子どもの方が、いざ悪意のある犯罪者に直面した場合には被害にあいやすいということになります。

これは、現実の場面を考えれば容易に理解できます。「不審者」対策をする子どもは、相手が「不審者」かどうかの判定に全力を注ぎます。犯罪者の側からいえば、この防御壁さえ突破すればいいのです。そのため犯罪者は、「お母さんが呼んでいる」とか、「事故が起こった、大変だ、早く来て」というような騙しの手口を使います。もちろん子どもには、「そういったことを言われても信じないように」と、更なる防御が教えられます。けれど、犯罪者にとって新たな手口を考え出すことはたやすいことです。結局は、いたちごっこです。

しかし、このブログの記事によると、
普段から「疑わない」習慣を持っている人は、疑うポイントを押さえているわけだから、どんなに親切にされようとも、そのポイントに来れば一瞬立ち止まることができる。

らしいのです。「人を信じる」態度を身につけた子どもは、どんな巧妙な嘘でも、それが嘘であるということだけで最終的に「おかしい」と感じて立ち止まることができるでしょう。

そう思えば、「いかのおすし」を教えることがかえって子どもの安全を損なっているのだという主張もあり得ることだと思います。

たまたま見つけたブログ記事ひとつの記述など、それこそ「信じる」べきではないのかもしれません。そこで、私としてもとりあえずは「『いかのおすし』が危険だ!」という主張まではしないでおきましょう。そうではなく、当面は、元ネタである「社会心理学の興味深い実験」をはじめこの方面の資料をもう少し探って、そういう主張が可能かどうかを検証してみる方向で進もうと思います。

ひょっとしたら、「危険神話」を肯定した上でも、「いかのおすし」はやめるべきなのかもしれません。何重にも根拠が危ういのが「いかのおすし」なのかもしれないのです。
posted by 松本 at 09:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 参考資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご紹介ありがとうございました。
記事中の社会心理学の実験については、
『安心社会から信頼社会へ』(中公新書)
あたりをご参照いただけるとわかりやすいかと思います。
Posted by oika at 2009年10月18日 22:17
oikaさん、コメントありがとうございます。さっそく、お勧めの本を調べ、北大の山岸俊男先生のページにたどり着きました。そこで公開されていた論文を読んだところ、ご紹介の実権についてかかれたものが見つかりました。なかなか該当するものを見つけられなかったので、大変助かりました。ありがとうございます。
Posted by 松本 at 2009年10月19日 13:34
さきほどちょっと書込んだ者ですが、ここでの引用にもちょっと引っかかったので、、

日常的に疑い深い人云々の記述ですが、人を信じやすく、それ故に騙されやすい人が存在します。
そうした人達が学習し人を信じなくなるという事には考えは及ばないのでしょうか?

疑り深い人ほど騙されやすいなどと逆説的に考えるよりよっぽど自然な話だとは思いませんか?

人は痛い目にあって学習するものです。
Posted by at 2014年11月17日 01:14
こちらにもコメントありがとうございます。
ご意見のとおり、「人は痛い目にあって学習する」場合も少なくないとは思います。しかし、それは一律ではなく、子どもの個性によって多様なわけです。それに対して一律に「いかのおすし」を強要する現在の教育の姿勢を私は問題としたいと考えております。
Posted by 松本 at 2014年12月11日 12:44
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。