2009年10月08日

「いかのおすし」は何をしたいのか?

新聞紙上を亀井大臣の発言が賑わせています。「改革と称する極端な市場原理、市場主義が始まって以来、家族の崩壊、家族間の殺し合いが増えてきた。そういう風潮をつくったという意味で、(経団連に)責任がある」という発言です。

個人的には「お金」を中心に回る社会は人間を不幸にする危険性を大きく孕んでいると思っているので、一瞬、この発言に拍手をしたいと思いました。しかし、実際に「家族の殺し合いが増えてきた」のかといえば、以前にこのブログを書きながら調べたところでは決してそうではありません。日本では伝統的に家族内での殺人の比率が高いわけで、これは最近の傾向でもなさそうです。

そこで、これを裏づける統計がないかと、ちょっとネットを検索してみました。意外にもドンピシャリのものは出てこなかったので断定はできないのですが、どうやら各所の記事を見ると、数十年スパンの長期的な傾向では「家族間の殺し合い」(心中などを含む)は大幅に低下傾向にあるようです。ただし、「改革と称する極端な市場原理主義」の時代のここ十年ほどをとってみると、若干の増加はあるようです。それでも、これは大きな流れからいえば誤差程度のもの。どうやら大臣の発言は事実誤認に近いようです。

とまあ、「いかのおすし」と全く無関係な話をしたのですが、こんなことを調べていたら、以前に見つけられなかったいくつかの犯罪統計に行き当たりました。興味深かったのは、警察庁の統計をまとめたWebサイトに掲載された「平成21年上半期の犯罪情勢」というレポートです。同様なレポートは毎年度発表されているようなので全て見ればさらに有益な情報が得られるとは思いますが、私は特に犯罪に興味があるわけではないので、これひとつで「お腹一杯」という感じです。

まず、「凡例」の冒頭には、犯罪の分類が載っています。こんなことも私は知らなかったわけですが、

刑法犯を「凶悪犯」「粗暴犯」 「窃盗犯」「知能犯」「風俗犯」 「その他の刑法犯」の6種に分類したものをいう。
凶悪犯..................殺人、強盗、放火、強姦
粗暴犯..................暴行、傷害、脅迫、恐喝、凶器準備集合
窃盗犯..................窃盗
知能犯..................詐欺、横領(占有離脱物横領を除く。)、偽造、汚職、背任、「公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律」に規定する罪
風俗犯..................賭博、わいせつ
その他の刑法犯......公務執行妨害、住居侵入、逮捕監禁、器物損壊、占有離脱物横領等上記に掲げるもの以外の刑法犯


という分類です。「いかのおすし」の広報には、「近年、凶悪犯が増加し...」というようなことが書いてありますが、これはつまり、「殺人、強盗、放火、強姦」の4種類の犯罪が増えているという主張なわけです。子どもが被害にあいやすい暴行、傷害、脅迫、恐喝は「粗暴犯」、痴漢などのわいせつ行為は「風俗犯」ということになるようです。

「いかのおすし」の内容からして、これが「強盗、放火」の予防を目的としたものには思えませんから、つまり「殺人、強姦」が増えていきているから「いかのおすし」が必要になったという文脈でしょう。

ところが、これは事実に反しています。こちらのサイトに詳しいグラフがあるのですが、小学生以下の殺人事件被害者数は、1970年代半ばをピークに1980年代末頃までに4分の1にも急減し、以後はほぼ横ばいが続いています。もちろん特定の年を取り出せば、たとえば2003年から2004年にかけて急増しているわけですが、全体的な傾向として「増加している」とは読めません。過去20年は、一定の振れ幅のなかに収まっているというのが実状のようです。そして数十年スパンでは急減です。

次に「強姦」ですが、やはり同じサイトにグラフがあります。小学生以下の幼女に関していえば、こちらも殺人と同じ傾向で、過去数十年スパンで見れば激減(5分の1程度)、過去20年で見ればほぼ一定の振れ幅の中に収まっています。「凶悪犯が増加し」という前提は、少なくとも小学生、幼稚園児対象の「いかのおすし」に関する限り、どうやらおかしいのです。

ただし、同じページの別のグラフの中に「強制猥褻被害者数」の推移があり、こちらによれば逆に被害は過去20年で5倍増と、全く逆の傾向になっています。ただし、これも小学生に関してはさほど大きな増加ではなく、ここ数年ではむしろ激減傾向があります。1980年代半ば以降に被害者数が増えたのは、犯罪の増加ではなく、「泣き寝入り」の減少を反映したものではないかという考察もありますが、私にはそこは判定できません。とりあえず、「凶悪犯」以外の部分では、確かに犯罪の増加傾向が(少なくとも「いかのおすし」誕生前後では)あったかもしれないというに止めておきましょう。そして、これも現在では必ずしもそうではないわけです。

さて、先の「平成21年上半期の犯罪情勢」に戻ると、もうひとつ、「いかのおすし」の内容からいって「凶悪犯」以上に重視されていると思われる「連れ去り犯」に関係する統計があります。「図表4−1−(5)−2 略取誘拐・人身売買の被害者の年齢・性別認知件数の状況」を見ると、12歳以下(つまり小学生以下)の年齢層で、上半期だけで33件の被害があったことが記載されています。年間にすればこの倍程度でしょうから、けっこう無視できない数字です。やはり「いかのおすし」は必要なのでしょうか。

しかし、次のページをめくると、「図表4−1−(5)−6 身の代金目的略取・誘拐事件の認知・検挙状況の推移」というのがあって、これは年齢層に関係なく年間2〜12件、過去5年には一定して減少していることが記載されています。よくよく見ると、「図表4−1−(5)−2」には、「人身売買」が合算されています。子どもの人身売買も怖ろしい犯罪ですが、「いかのおすし」が対象とする「連れ去り犯」とは大きく違います。「連れ去り犯」の全てが「身代金目的略取」ではないのですが、どうやら「上半期33件」の被害の中に「連れ去り犯」が占める割合はそう多くはなさそうです。

こんな数字を見てくると、「じゃあ、結局『いかのおすし』って何がしたいわけ?」と疑問を抱かざるを得ません。「凶悪犯罪が増えているから」必要なわけではありませんし、「連れ去り犯」はおそらく年間数件で、こちらも増加傾向にはありません。さらに、増えてはいないかもしれないけれど確実に存在する凶悪犯や強制猥褻犯の多くは、「知らない人」ではなく「顔見知り」や家族であるのかもしれません(たとえばこちらには教師の強姦事例が列記されています)。

「いかのおすし」は、幻の「凶悪犯」を追いかけているだけなのではないでしょうか。確かにこういった犯罪が1件でもある限り、その被害にあいたくはないというのは偽らざる親の心理です。けれど、ほとんど天文学的とも言えるほど微小な被害の確率を下げるために、「やむをえないけれど」と子どもに「人を疑え」と教えるのはあまりにバランスを欠いていると思います。

「だったらお前の子どもが誘拐されてもいいのか」というような感情的な議論の前に、冷静に、いったい「いかのおすし」は何に効くのか、その害はないのか、総合すればメリットとデメリットはどちらが大きいのかと考えてみることが必要ではないでしょうか。

posted by 松本 at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 参考資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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