2009年10月04日

矛盾なのか、バランスなのか?

私自身の思いとしては「理由もなく人を疑うくらいなら騙された方がいい」という気持ちを子どもに伝えたいのですが、不必要に軽率である必要もなく、用心が必要だという考え方も否定するつもりはありません。だから全てはバランスの問題だと思うのですが、「いかのおすし」は、救いようのないほどバランスを欠いていると感じます。

ただ、それを警察が主張するのは、「ちょっとなあ」と思いながらも理解できなくはありません。解せないのは、それを学校のような警察とはまったく趣旨の違う機関が代理店のように繰り返すことです。こういう「右から左へ」式の情報伝達は、情報の意味を考えたら非常に奇妙です。

その奇妙な見本のようなページを見つけました。ある市の公式ページらしいのですが、「いかのおすし」とそれを真っ向から否定するような記事が全く同じページに記載されています。まあ、「お知らせバックナンバー」ということでソースが別々、趣旨も別々な情報がたまたま同じページに掲載されたに過ぎないのでしょうが、この矛盾は非常に変です。

http://www.city.sakurai.nara.jp/news/bnews133.html

長いページなので見つけにくいと思いますが、

「けいさつコーナー「暴力団・銃器追放奈良県民大会」開催」の部分に、

子ども見守り活動(自主防犯パトロール活動)への参加をお願いします
☆子どもに教える6つの心得「いかのおすしだ!」
 いか〜知らない人にはついていかない
 の〜車に乗るように言われてものらない
 お〜怖いと思ったらおおきなこえで「たすけて」とさけぶ
 す〜怖い思いをしたらすぐににげる
 し〜なにがあったかをすぐにしらせる
 だ〜遊びに行くときはだれとどこへ行くか家の人に言って出掛ける


と、「いかのおすし」の変形版が掲載されています。

同じページの「空(212)自然のままに」というエッセイの部分には、

大人が子どもに道を尋ねる。子どもはあわてて走り出す。老人が重い荷物を持って道を歩いている。その姿を見た若者が、「どこまで行かれるのですか。荷物をお持ちしましょうか」と声をかけると、老人が荷物をしっかり持ち直し、返事もせずに去っていく。
 なんと心寂しい時代であろうかと思う。人を見たら泥棒と思え。いやな言葉である。いやな響きの言葉である。

 本来人間の持っているやさしさを、もう一度考え直さなければならない。


と、「いかのおすし」と真っ向から対立するような感慨が記載されています。

私の心情はこのエッセイの方に近いわけですが、しかし、これが「いかのおすしだ!」と並べられていると、まるでバカにされたような気持ちになります。いったいこんな矛盾を放置して何を考えているのだろうと思ってしまいます。

これが行政の公平性なのかもしれません。あるいは特殊な考え方だけが突出しないようにというバランス感覚なのかもしれません。どうなのでしょう。私にはわかりません。

ただひとつ思うのは、もしも学校現場がこのようにさまざまな情報を右から左に流すだけの対応をしているのだとしたら、子どもはずいぶん混乱するだろうなということです。学校は、諸機関からの情報提供に対して、子どもへの影響を十分に配慮した上で対応してほしいものだと思います。
posted by 松本 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 参考資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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