2009年10月03日

性悪説からみた「いかのおすし」

「いかのおすし」は過剰防衛的ではないかというのが私の感覚なのですが、世の中にはむしろ「こんなものでは手ぬるい」という考えの方もいらっしゃるようです。私の考えと対極にあるのですが、大半の人が「いかのおすしって大事だよね」みたいな感覚でいるような状況の中では異色ですので、参考資料としてここにメモしておきます。

「学校でつくる危機管理のマニフェスト―善人論で子どもを地獄に落とさないために」(大泉 光一著 明治図書出版 2006/03)

紹介に「“よいこのお約束―合言葉は“いかのおすし””などの安全指導の問題点について解説した」とあるので、どのような「問題点」なのか気になります。幸いに発行元の明治図書出版のサイトで一部が立ち読みできますので、該当部分のリンクを貼っておきます。

第V章 平和ボケ学校の危機管理対策の問題点と提言(冒頭)

考え方は正反対ですが、「子どもに<いかのおすし>と丸暗記させても,突然襲われてパニック状態に陥ってしまえば,すべて頭の中から消えてしまう」といった指摘は、なるほどなのかなと思います。そのためこの本の著者は「特訓が必要である」とか「逃げるタイミングをもっと具体的に教えることが大切」と、防衛の強化を力説しています。

このように、脅威を完全に防ごうとすると、子どもら全てにスタントマン並みの特訓を施さなければならなくなります。それが、総合的な子どもの健全な成育という観点からみて妥当なのかどうか、常識的に考えればわかることでしょう。

このような対極にある考え方の論も、冷静に読めばそれなりに参考になるものだと感じた次第です。
posted by 松本 at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 参考資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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