2009年09月10日

「いかのおすし」と遠い記憶

「いかのおすし」的教育は、いまに始まったものではありません。私が子どものころにも「知らない人についていってはいけません」と学校で教えられたものです。当時は「子取りにさらわれるぞ」というような言い方をしました。「子とり」は怖ろしいものとして語られましたが、どこかお伽話めいたロマンチックな存在であったりしたものです。

ともかくも、「連れ去り犯罪」はいまに始まったものでもなく、むしろ昔の方が多かったのかもしれません。そして、それが子どもを持つ親にとって忌まわしいものであることは昔も今も変わりません。だからこそ、「知らない人についていったら子取りにさらわれるぞ」と。

ただ、私は子ども心にも、この「知らない人〜」が納得できませんでした。というのは、私にとって自分以外のほとんどの人が「知らない人」だったからです。

これは、ずっと後になって知ったことなのですが、おそらく私は「自閉症スペクトラム」と呼ばれる傾向をもった子どものひとりでした。現在もその傾向は引きずっています。たとえば、他の人を認識する能力が著しく一般よりも劣っています。つまり、顔を覚えられないし、名前を覚えられません。ようやく覚えても、顔と名前が一致しません。このことを自覚するようになった30代以降には、初めて会った人には必ず「私は三度はお名前を忘れますがどうかお許しください」と自己紹介に添えて言うようにしてきました。多くの人はこれを冗談と思ったかもしれませんが、本当のことなのです。

そして、子どものころ、私は自分自身の親の顔さえ忘れました。サラリーマンの子どもが滅多に顔を合わせない父親の顔を忘れるという笑えない話はよく耳にしますが、私の父親は勤め人とはいえ朝晩必ず食事をともにし、休日には一緒に遊んでくれる人でした。であるのに、外出した際など、私はよく父親の顔を見分けられなかったものです。母親の顔も同様でしたが、さすがに母親ともなると顔以外の部分で動物的に覚えているのでしょう、まちがえることはありませんでした。それでも、たとえば写真を見てどれが母親の顔かわからないというようなことはよくあったのです。

感覚というものは、自分だけのものです。他人の感覚と自分の感覚が違っているかどうかは、直接比較することができません。だから私は、それが普通だと思っていました。両親の顔さえ覚えていられない私にとって、世界は「知らない人」に満ちていました。だから、「知らない人についていってはいけません」という教えは、私にとっては「大人にはついていってはいけない」というのと等しく感じられました。「信用できない人にはついてくな」と言われても、誰を信用していいのかわからないのです。

「知らない人についていってはいけない」が納得できなかったというのは、そういうことです。

「自閉症スペクトラム」は、傾向であっても固定された形質ではありません。ですからそういう傾向があっても、成長の段階で徐々に社会との関わり方を身につけ、一般人として生きていくことができるようになる場合が少なくありません。私もそういう幸運なひとりでした。そして私に必要な社会性を身につけさせてくれたのは、多くの素晴らしい友人をはじめとする「知らない人」たちでした。

ですから、「知らない人」の排除がはじめにあってはならないと思うのです。「自閉症スペクトラム」の子どもによくあるように、私は猜疑心が強い方でした。「人見知り」で、親兄弟以外とはほとんど口をききませんでした。そんな猜疑心の強い子どもに対しては、「知らない人についていくな」は無用の警告でしょう。むしろ、他の人々に対してどのように心を開いていくかを教える方がはるかに重要だと思います。

子どもはひとりひとりちがっています。ですから、「知らない人についていかないように」と注意を喚起した方がいいような性格の子どももいるでしょう。しかし、全く別な指導をしたほうがいい子どもも少なくありません。「知らない人にはついていかない」あるいは「いかのおすし」と子どもに一斉に唱えさせることがどれほど奇妙であるかは、こんな観点から言えば論ずるまでもありません。

子どものころを思い出して、やっぱり「いかのおすし」は「いかさない」と思うこのごろです。
posted by 松本 at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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